
2025年2月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第48話 ゴカイたちの不思議な世界 【下】

夜の海中を泳ぎ回るウキゴカイ族の1種=山本智之撮影
■海で一生泳いで暮らす「ウキゴカイ」
夜の海中でカメラを構えていると、オレンジ色の目玉が2つ、スーッと泳ぎながら近寄ってきました。細長いムカデのような形をした生物で、体はほぼ透明。全長は4cmほど。海の中を一生泳いで暮らすウキゴカイ族の1種です。このゴカイはとても目が良くて、海中を泳ぎながらほかのプランクトンを見つけては、襲って食べています。
ゴカイ類が生活する場所として、まず思い浮かぶのは、海底の泥の中などです。しかし、世界で約1万5000種にのぼるゴカイ類の中には、ウキゴカイ族のように海中を泳ぎ続けるもの、ケヤリムシ(Sabellastarte japonica)やミナミエラコ(Pseudopotamilla myriops)のように「棲管」と呼ばれる管の中に住むものなど、その暮らしぶりは様々です。そして、意外に多いのが、ほかの生物と共生して暮らすタイプのゴカイです。

ミナミエラコ=山本智之撮影
■ほかの生物と共生するゴカイ
海底の岩に付着しているカサガイ類の一種「ユキノカサガイ」(Niveotectura pallida)。その貝殻の内側には、雪のように白い色のゴカイが、体を丸めて隠れていることがあります。「カクレウロコムシ」(Arctonoe vittata)という種類で、ほかの生物と共生するタイプのゴカイ類です。

ユキノカサガイ(左)とその裏面(右上)、カクレウロコムシ(右下)=山本智之撮影
名古屋大学講師の自見直人さんによると、カクレウロコムシは、ユキノカサガイの体のすき間に入り込んで暮らすほか、「オオバンヒザラガイ」(Cryptochiton stelleri)や「エゾアワビ」(Haliotis discus hannai)にも共生することが知られています。「ウロコムシ」という呼び名は、体の縁にウロコのような円い形の器官が並ぶことにちなんだものです。
ゴカイ類が共生する「宿主」となる生物は、ウミシダやサンゴ、ウニ、カニ、アナジャコの仲間など。自見さんは「それぞれの宿主の形や生き方に合わせて、ゴカイの側も進化を遂げている」と話します。カクレウロコムシを含む「ウロコムシ科」の場合、既知の種の約45%がほかの生物に共生して暮らすと報告されています。
■日本では「釣りエサ」、海外では食用にする地域も
日本では多くの人が、ゴカイと聞いてまず思い浮かべるのは「釣りエサ」です。釣りエサとして使われるゴカイ類には、多くの種類があります。代表的なのは、「青イソメ」という流通名でおなじみのアオゴカイ(Perinereis linea)、イワムシ(Marphysa iwamushi)などの種類です。
一方、海外には、ニョロニョロとうごめく細長い種類のゴカイを、食材として利用する国もあります。インドネシアのロンボク島などの地域では、海中を群れになって泳ぐゴカイを「ニャレ」(nyale)と呼び、網で捕獲して食べる風習があります。
■鯨の骨を食べるゴカイ
深い海の底には、一風変わった暮らしぶりをするゴカイ類がいます。海底に沈んだクジラの骨の中にすむ「ホネクイハナムシ」(Osedax japonicus)です。名前だけ聞いても何の仲間だか分かりませんが、分類上は「シボグリヌム科」の一種で、環形動物門の多毛類に属します。つまり、これもゴカイの仲間なのです。

ホネクイハナムシ=Yoshihiro Fujiwara/©JAMSTEC
ホネクイハナムシは、クジラの骨を溶かして、その成分を吸い上げます。それを栄養に変えるのは、ホネクイハナムシの体内にいる共生細菌です。特殊な環境下で進化をとげ、独特な暮らしぶりを獲得したゴカイ類なのです。
■体が枝分かれした新種
キングギドラシリス(Ramisyllis kingghidorahi)は、カイメンの中にすむゴカイ類です。普通のゴカイと違って、ひとつの頭から枝状に体が分岐した、なんとも不思議な姿をしています。日本の特撮映画に登場する怪獣で、3つの長い首と2本の尾をもつ「キングギドラ」にちなんで名付けられました。

キングギドラシリス=東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の幸塚久典さん提供
キングギドラシリスは、新潟県・佐渡島で2019年に行われた潜水調査の際に採集され、日本やドイツなどの国際共同研究チームが2022年、新種として論文に発表しました。
カイメンの体のあちこちから、ゴカイの体がのぞいていました。何匹かいるのかと思って、カイメンを少しずつ割ってみたら、実は1匹のゴカイで、体が枝分かれしていました」。チームの一員として研究に携わった自見さんは、発見当時の状況をそう振り返ります。姿も暮らしぶりも実に多彩なゴカイたち。その姿を見ると、進化の不思議さを改めて感じます。
■新種のゴカイを75種発見!
これまでに自見さんは、新種のゴカイを計75種発見し、論文として発表してきました。ゴカイの魅力について、「姿も生き方も、変わったものが多い。私たちの想像を超えるような進化をした種類もいる。研究をしていて、いつも驚きを感じている」と語ります。

名古屋大学講師の自見直人さん=海洋研究開発機構の調査船上で、本人提供
小さな頃から生き物が好きで、「図鑑に載っている昆虫などの名前を全て覚えているような子どもだった」という自見さん。高校生のときは、水槽で色々な種類の魚を飼育して楽しんでいました。
■水槽での出会い、ゴカイ研究のきっかけに
小さな魚たちの隠れ家になるようにと、二枚貝のカキの殻を集め、水槽にたくさん入れていました。そしてある日、カキ殻に、赤くてニョロニョロとした生き物がくっついているのを見つけました。ゴカイの仲間です。さっそく図鑑で調べましたが、そのゴカイは掲載されていませんでした。
「図鑑に載っていない生き物もいるんだ!」。このときの驚きが、生物としてのゴカイに興味を持つきっかけになったといいます。
当初は水族館の飼育員になりたいと思い、東京海洋大学に進学。大学4年生のときからは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究室に通い、ゴカイ類の研究に取り組むようになりました。
博士号を取得したあと、国立極地研究所を経て2021年に名古屋大学の助教として着任。2023年からは同大の講師として、学生たちに海洋生物学を教えながら、ゴカイ類の研究を続けています。
自見さんは「ゴカイの分類研究をさらに進めて、新種をたくさん発見したい。これまでに誰も見たことのないような、変な生き物を探し続けたいですね」と話しています。
新刊のご案内
■『ふしぎ?なるほど! 海の生き物図鑑』 山本智之 著
海文堂出版(2024年8月発行) A5判オールカラー 128ページ 2,090円(税込)
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科学ジャーナリストとして海洋生物の取材を続ける著者のウェブ連載を書籍化。進化のふしぎ、新種の発見、深海の謎、光る生物をキーワードに、激レア生物「アミダコ」や、怪魚「ヨコヅナイワシ」、深海のエイリアン「タルマワシ」など、21のトピックを、最新の科学研究の成果も交えながら、魅力的な写真と共にお届けします。
■筆者プロフィール

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992 年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999~2000年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。著書に『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)ほか。X(ツイッター)は@yamamoto92。