山本智之の「海の生きもの便り」

2022年1月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第11話 「海洋ごみ」を食べるウミガメたち

アオウミガメ=山本智之撮影

アオウミガメ=山本智之撮影

■沖縄本島のウミガメ、17%超の体内に「海洋ごみ」

 海に入り込んだプラスチックなどの「海洋ごみ」を、ウミガメたちが誤って食べてしまう――。そんな話をよく聞きます。沖縄県で大規模な調査が行われ、実際にどのくらいのウミガメたちがごみを誤食しているのかが明らかになりました。
 沖縄美ら海水族館(沖縄県本部町)の笹井隆秀さんらは、1990年~2019年の約30年間に沖縄本島と周辺の小島の海岸に死亡漂着したウミガメ計484個体について、胃や腸などの内容物のデータを集計しました。その結果、体内から海洋ごみが見つかる個体の割合は、17.4%であることが分かりました。
 ポリ袋のような軟らかいタイプのプラスチックのほか、硬質プラスチックや発泡スチロールの破片、釣り糸やロープ、ゴム風船、釣り針など、ウミガメたちの体内から出てきたごみの種類はさまざまです。ウミガメの一種「タイマイ」のおなかの中からは、ビーチサンダルの一部が出てきたこともあるそうです。

ウミガメの体内から見つかった「海洋ごみ」。左上から時計回りに「硬質プラスチック」「軟質プラスチック」「釣り糸・ロープ」「ゴム風船の破片」「釣り針」「発泡スチロール」=いずれも国営沖縄記念公園(海洋博公園)提供

ウミガメの体内から見つかった「海洋ごみ」。左上から時計回りに「硬質プラスチック」「軟質プラスチック」「釣り糸・ロープ」「ゴム風船の破片」「釣り針」「発泡スチロール」=いずれも国営沖縄記念公園(海洋博公園)提供

 ウミガメの種類別でみると、ごみを食べていた個体の割合は、アオウミガメが約15%、アカウミガメは約24%、タイマイは約29%でした。調査結果は論文にまとめられ、「Marine Turtle Newsletter」に掲載されました。

漂着したウミガメの種類と海洋ごみの発見率

■アオウミガメに多い「軟質プラスチック」

 ウミガメは、種類によってエサの好みが違います。アカウミガメは甲殻類や貝類、タイマイは主に海綿動物を食べます。沖縄の海で最も普通に見られるアオウミガメの場合、海藻や海草を中心とした雑食性で、クラゲなども食べます。
 アオウミガメの消化管の中から見つかったごみの種類で、最も多いのはポリ袋などの「軟質プラスチック」です。体内にごみがあった57個体のうち、半数以上の31個体で確認されました。アオウミガメたちは、海中を漂うポリ袋などを、エサのクラゲと間違えて食べてしまったと考えられます。

軟質プラスチック=山本智之撮影

海中を漂うポリ袋の破片=山本智之撮影

■高緯度の海は「誤食」の確率が高い?

 今回調査をした沖縄本島のアオウミガメは、平均で14.9%の個体から海洋ごみが見つかりました。実はこの割合は、国内外のほかの海域と比べると、少なめの数字です。たとえば、四国や紀伊半島のアオウミガメではごみの発見率が52.3%、日本海や岩手県沿岸では100%だったという過去の調査結果もあります。
 アオウミガメのごみの摂食率は、低緯度の海域では低く、高緯度の海域で高い傾向がみられます。これは、同じアオウミガメでも、生息する海域ごとに暮らしぶりやエサのとり方に違いがあるためとみられています。
 笹井さんは「岩手県沿岸でみられるアオウミガメの場合、季節的に数百キロも移動することが知られている。アオウミガメは、海藻や海草がない外洋を移動する際にクラゲを食べることがあるので、移動中に遭遇したポリ袋などをクラゲと間違えて食べやすいと考えられる」と話します。
 つまり、高緯度の海域では、アオウミガメは外洋をよく移動するので、海面近くを漂うプラスチックごみに遭遇しやすく、それを誤食してしまう確率も高くなるようなのです。逆に、あまり広い範囲を移動せずに暮らす沖縄などの低緯度海域では、ごみと出会いにくいため、誤食も比較的起きにくいと考えられます。
 たとえば、沖縄本島よりさらに低緯度に位置する八重山諸島周辺のアオウミガメは、餌場と近隣の休憩ポイントの間の狭い範囲しか移動せず、ごく狭い海域で暮らすことが知られています。そして実際、八重山諸島のアオウミガメは、海洋ごみの摂食率が2.8%と極めて低い値なのです。
 八重山諸島に比べると、沖縄本島のアオウミガメはやや広い海域を移動します。このため、ごみの摂食率が14.9%と、八重山諸島よりも高い数字になっていると考えられます。

■ウミガメの健康に与える悪影響

 笹井さんは琉球大の大学院を修了し、専門は爬虫類学。神戸市立須磨海浜水族園の学芸員などを経て、2019年に沖縄美ら島財団総合研究センターに入りました。現在は、沖縄美ら海水族館でウミガメの飼育をしながら、野生のウミガメの調査・研究を続けています。
 海岸に死んだウミガメが打ち上がると、それを見つけた散歩中の人などから電話連絡が入ります。笹井さんら職員のほか、琉球大学の学生らも現場に駆けつけ、調査のための解剖を行います。笹井さん自身は、これまでに100個体近いウミガメの解剖を担当したといいます。
 今回の調査対象となった484個体のウミガメたちのほとんどは、ごみの摂取とは別の原因で死んで漂着したとみられています。ただ、海洋ごみを誤食したウミガメは、消化管が閉塞したり、穴が空いたりすることがあるという報告もあります。ごみを食べると相対的にエサの摂取量が減るため、栄養の吸収効率が下がってしまいます。このほか、プラスチックごみの場合は、ごみに吸着された有害物質がウミガメの体内に取り込まれる可能性が指摘されています。
 消化管内のプラスチック量が多いウミガメは死亡する確率が高くなることを示す海外の研究結果もあり、笹井さんは「今後もできるだけ現場に通って調査を続け、データを集めていきたい」と話しています。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。