山本智之の「海の生きもの便り」

2023年10月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第32話 「発光魚」はなぜ光るのか?

発光する魚の一種「ノコバホウネンエソ」(Polyipnus spinifer)。腹部には、よく目立つ大きな発光器が並んでいる=山本智之撮影(同定=神奈川県立生命の星地球博物館・瀬能宏さん)

発光する魚の一種「ノコバホウネンエソ」(Polyipnus spinifer)。腹部には、よく目立つ大きな発光器が並んでいる=山本智之撮影(同定=神奈川県立生命の星地球博物館・瀬能宏さん)

■光る魚たち、海にしかいない不思議

 「発光する魚」と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは「チョウチンアンコウ」(Himantolophus sagamius)などの海水魚だと思います。では、川や湖などにすむ淡水魚はどうでしょうか。

 実は、不思議なことに、淡水には発光魚は存在しません。光る魚たちはなぜか、すべて海にいるのです。『世界の発光生物』(名古屋大学出版会)の著者で中部大学教授の大場裕一さんによると、発光魚は世界中で約1550種が知られ、日本の海には約400種が分布しています。

■光る理由はさまざま

 魚に限らず、発光する生物たちは、そもそもなぜ光を放つのでしょうか?

 まず考えられる理由のひとつは「身を守るため」というものです。自分の体から突然、光を放つことで、天敵を驚かせ、威嚇することができます。また、イカ類の中にはダンゴイカ科の「ギンオビイカ」(Sepiolina nipponensis)のように、‘光る墨’を吐き出すものが知られており、外敵に対する「煙幕」のような役割があると考えられています。

 餌を探すために、光を使う者もいます。ホテイエソ科のクレナイホシエソ(Pachystomias microdon)やオオクチホシエソ(Malacosteus niger)は、発光器から赤い光を出すことができます。深海にすむ生物の多くは赤い光を感知できないという特性があるため、この「赤いサーチライト」は、相手に気づかれずに様子を探る暗視スコープのような役割を果たすと考えられています。このほか、光を使って仲間とコミュニケーションを行う発光生物もいます。ただ、なぜ光るのかよく分かっていない生物もたくさんいて、精力的に研究が進められています。

 発光生物はなぜ光るのか。その理由について主な仮説をまとめると、下の表のようになります。

発光生物が光理由とは?

■「トワイライトゾーン」の生存戦略

 深海の区分のうち、水深200~1000mの「中深層」は、完全な暗黒ではなく、ごく弱い太陽光が届くため、トワイライトゾーン(twilight zone)と呼ばれます。ここに暮らす魚たちの多くは腹側に発光器を持っています。

 たとえば、中深層を主な生息場所とする「サンゴイワシ」(Neoscopelus microchir)や「リュウグウハダカ」(Polymetme elongata)などの深海魚は、腹側に発光器がびっしりと並んでいます。

腹部に発光器(黒っぽい点)がずらりと並んだ「リュウグウハダカ」=山本智之撮影

腹部に発光器(黒っぽい点)がずらりと並んだ「リュウグウハダカ」=山本智之撮影

 なぜ全身ではなく、腹側だけを光らせる必要があるのでしょうか? それは、海面から届くかすかな光が作る自らのシルエットを、打ち消すためと考えられています。つまり、自分の身を守るために光っているのです。

■自分の姿を光で打ち消す

 体のシルエットが真っ黒だと、捕食者が下から見上げたときに、体の輪郭がくっきりと見えてしまい危険です。しかし、腹側を光らせてシルエットを打ち消せば、姿が目立たなくなり、捕食者に狙われにくくなります。これは「カウンターイルミネーション」(counter-illumination)という仕組みで、中深層にすむ多くの魚たちが採用している生存戦略です。

カウンターイルミネーションのしくみ

 ちなみに、自分の影が見えにくいようにする生存戦略は、「カウンターシェーディング」(counter-shading)と呼ばれます。身近な例では、マサバやサンマなどの青魚がそうです。背中は青色なので、上から見たときは海の色に似て目立ちません。そして、腹側は白いので、天敵が下から見上げたときには、海面から差し込む明るい光に紛れて見えにくくなるという仕組みです。

 こうした一連の生存戦略の中で、自ら光ることで、より積極的に自分の影を打ち消そうとする手法が「カウンターイルミネーション」というわけです。

■妖しい光、目の当たりにして感動

 深海には、腹部にびっしりと発光器が並んだ様々な魚種が生息しています。ただ、そうした魚たちに、ダイバーが岸近くの浅い海で遭遇する機会は、そう多くはありません。それだけに、伊豆半島の沿岸で発光する深海魚「ホテイエソ」(Photonectes albipennis)に出会ったときは、とても感動し、夢中で水中カメラのシャッターを切りました(=下の写真)。

全身が真っ黒な深海魚「ホテイエソ」(写真上)と、紫色に光る腹部の発光器(写真下)=いずれも静岡県・伊豆半島沿岸で、山本智之撮影

全身が真っ黒な深海魚「ホテイエソ」(写真上)と、紫色に光る腹部の発光器(写真下)=いずれも静岡県・伊豆半島沿岸で、山本智之撮影

 全身が黒ずくめの異様な雰囲気。ただ者でないオーラを発していて、一目で「深海からの使者」だと分かります。

 ワニトカゲギス目の深海魚で、通常は水深350~1100mに生息しています。よく観察しようと近づいてみて、衝撃を受けました。腹部に列をなして並ぶ発光器があり、そこから怪しい紫色の光を放っていたのです。

 こうした映像はテレビの深海特集などでは見たことがありましたが、発光の様子を目の当たりにするのは初めてでした。海はやはり、潜るたびに新たな発見があり、興味が尽きません。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。