山本智之の「海の生きもの便り」

2023年11月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第33話 発光物質を盗む魚がいる?

深海にすむ「発光ザメ」の一種「ヒレタカフジクジラ」=山本智之撮影

深海にすむ「発光ザメ」の一種「ヒレタカフジクジラ」=山本智之撮影

■深海にすむ「発光ザメ」

 発光する魚は、世界で約1550種も見つかっていることを、前回のコラム(「発光魚」はなぜ光るのか)でご紹介しました。これらの魚たちの中には、「光るサメ」も含まれています。

 カラスザメ科のヒレタカフジクジラ(Etmopterus molleri )も、光るサメの一種です。全長が40~50センチにしかならない小型のサメで、日本を含む太平洋の水深200~900mに生息しています。目玉がとても大きく、いかにも深海のサメらしい面構えです。

 ヒレタカフジクジラの発光器は全身に分布していますが、特によく光るのは腹側です。その青白い光には、自らのシルエットを打ち消して身を守るなどの役割があると考えられています。

■電池もないのに、なぜ光る?

 ところで、懐中電灯のように電池が入っているわけでもないのに、発光魚やホタルなどの生き物たちは、どんな仕組みで光を出しているのでしょうか。

 実は、発光する生物の大部分は、「ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応」という化学反応によって、光を生み出しています。

 ちょっと長めのカタカナ用語ですが、この「ルシフェリン」というのは、化学反応によって消費される「基質(きしつ)」と呼ばれる物質のことです。そして、もう一方の「ルシフェラーゼ」は、化学反応を促進させる働きをする「酵素」をさす言葉です。両方の物質があってはじめて、特有の化学反応が起こり、エネルギーが放出される際に光が出るのです。

 よく勘違いされやすいのですが、「ルシフェリン」というのは一つの化学物質をさす名前ではなく、生物発光に使われる「基質」の総称です。なので、ホタルとウミホタルでは、光を出すのに使っているルシフェリンは全く別の化学物質だったりします。

 身近な例で言えば、ひとくちに「ビタミン」といっても、一つの物質ではなくて、色々な種類があるのと似ています。「ルシフェラーゼ」というのも、生物発光に使われる「酵素」の総称です。

■発光物質を、ほかの生物からもらった?

 さて、冒頭のヒレタカフジクジラですが、光を出す化学反応の「基質」として「セレンテラジン」という物質を使っていることが明らかになり、2021年に論文が発表されました。これは、中部大学教授の大場裕一さんらの研究チームによる成果です。

ヒレタカフジクジラ=山本智之撮影

ヒレタカフジクジラ=山本智之撮影

 セレンテラジンは、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩博士(1928〜2018)が、オワンクラゲから見つけた物質の一つです。そして、セレンテラジンを自分で作ることができる生物は、動物プランクトンのカイアシ類やクシクラゲ類、エビの仲間くらいしかいないことが知られています。

 つまり、ヒレタカフジクジラがセレンテラジンを体内に持っているということは、ほかの生物を経由して手に入れたと考えられるのです。

 発光物質は、海の中の食物連鎖を通じて、ある生物から別の生物へと受け渡され、「流通」しているらしい――。そんな構図を示す、興味深い研究成果です。

 深海に多いハダカイワシ類もセレンテラジンを使って発光しているといい、大場さんは「ヒレタカフジクジラは魚食性なので、ハダカイワシなどの発光魚を食べることでセレンテラジンを手に入れているのだろう」と推測しています。

■ダイバーにおなじみの魚も

 浅海の岩礁域やサンゴ礁域に生息し、ダイバーにおなじみのキンメモドキ(Parapriacanthus ransonneti )も、発光する魚です。あまり目立たないのですが、キンメモドキは腹側に発光器を持っています。

ハタンポ科のキンメモドキ。浅海の岩礁域やサンゴ礁域に生息している=山本智之撮影

ハタンポ科のキンメモドキ。浅海の岩礁域やサンゴ礁域に生息している=山本智之撮影

 大場さんらの研究チームは、ヒレタカフジクジラの研究に先立つ2020年、キンメモドキについて、「エサのウミホタルが持つ発光に関わるたんぱく質をそのまま流用して光を出している」とする研究成果を発表しています。

 動物は一般に、食べたたんぱく質が胃で消化され、いったんアミノ酸に分解されてから腸で吸収されます。ところが、こうした生物学の「常識」に反して、ウミホタルを食べたキンメモドキは、発光に必要なたんぱく質(ルシフェラーゼ)を消化せずに、そのままの形で発光器の細胞内に取り込んでいたのです。

キンメモドキが発光するしくみ(大場裕一・中部大学教授による)

■残念そうに報告する学生

 この研究成果をめぐっては、面白いエピソードがあります。

 大場さんの研究チームは当初、キンメモドキは発光に必要なたんぱく質を自分の体内で作っているのだろうと考えていました。そのことを科学的に証明するには、キンメモドキの体内から、発光に関わるたんぱく質を作る遺伝子を見つけ出す必要があります。ところが・・・。

 研究を進めていたある日、大場さんと一緒に研究していた大学院生が、「探していた遺伝子は、見つかりませんでした」と残念そうに報告をしに来たのです。

 そして、「キンメモドキが発光に使うたんぱく質は、ウミホタル類と全く同じだった」ということも、大場さんに報告しました。大場さんはそれを聞いて驚き、「ちょっと待って。それ、すごく面白いよ!」と思わず叫んだといいます。

■「失敗」の中に面白い発見がある

 当初の狙い通りのデータは得られなかった一方で、「キンメモドキは食べたウミホタルのたんぱく質をそのまま使って発光する」という、予想外の事実が浮かび上がるきっかけになったのです。

 発光に関わるたんぱく質をウミホタルから盗み取り、自らの体を光らせる――。キンメモドキで見つかったこの現象を、大場さんらは「盗たんぱく質発光」と呼ぶことにしました。

 科学研究の現場では、「失敗」だと思った出来事の中から、思わぬ成果が飛び出てくるという話をよく聞きます。キンメモドキの発光をめぐる研究成果も、その好例といえるでしょう。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。