山本智之の「海の生きもの便り」

2023年3月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第25話 「みーばい」の海

ユカタハタ=山本智之撮影

ユカタハタ=山本智之撮影

 仕事や旅行で沖縄の島々へ行くと、私はいつも早起きしてホテルを抜け出し、向かう先があります。それは、漁協のセリ場です。サンゴ礁に生息する様々な魚たちを見学させてもらうのが、その目的です。
 ほんの30分ほどもあれば、50種以上の色鮮やかな魚たちを目にすることができます。そう。海に潜らなくても「フィッシュ・ウオッチング」はできるのです。

ずらりと並べられた魚たち=沖縄県内の漁協のセリ場で、山本智之撮影

ずらりと並べられた魚たち=沖縄県内の漁協のセリ場で、山本智之撮影

■「今日も魚の勉強しに来た?」

 水揚げされた魚がセリ場に並び始める時間帯や、セリの開始時刻などは、それぞれの漁協ごとに異なります。何時ごろに行けば効率よく魚を見て回ることができるのか、あらかじめチェックしてから向かいます。当日いきなり顔を出すよりも、事前に漁協の担当者に電話をして見学のお願いをしておくとスムーズです。
 いずれにしても、セリの最中はプロとプロの真剣勝負の時間帯ですから、その邪魔にならないように、見学はセリが始まる前に済ませてしまいます。
 漁協の関係者と顔なじみになると、「おっ!今日も魚の勉強しに来た?」などと、温かい声をかけてもらえることもあります。

■多様性の高さを改めて実感

 セリ場に並ぶ魚たちは種類が多く、色合いや大きさ、形もさまざま。沖縄の海の生物多様性の高さを、改めて実感します。

セリ場に並ぶ魚の具体例。左上から時計回りにハマフエフキ、ヒメフエダイ、シロクラベラ、ハマダイ=山本智之撮影

セリ場に並ぶ魚の具体例。左上から時計回りにハマフエフキ、ヒメフエダイ、シロクラベラ、ハマダイ=山本智之撮影

 それぞれの魚には、沖縄での地方名があります。
 ハマフエフキ(Lethrinus nebulosus)は「たまん」、ヒメフエダイ(Lutjanus gibbus)は「みみじゃー」、ハマダイ(Etelis coruscans)は「あかまち」、シロクラベラ(Choerodon schoenleinii)は「まくぶ」――。
 こうした地方名を調べておけば、地元の人たちとの会話も弾みます。また、沖縄方言で書かれた居酒屋のメニューもスラスラと理解できるようになり、南の島の魚たちへの愛着がさらにわいてきます。
 魚の和名と地方名が併記されている『沖縄さかな図鑑』(沖縄タイムス社)などの図鑑を携帯していると、魚の呼び名を調べるときに便利です。また、那覇市内などの鮮魚店の中には、県外から来た観光客にも魚の地方名が分かるように、それぞれの魚に名札をつけて売っているお店もあります。

那覇市の鮮魚店に並ぶ色とりどりの魚たち=山本智之撮影

那覇市の鮮魚店に並ぶ色とりどりの魚たち=山本智之撮影

 ただ、注意すべきなのは、こうした魚の地方名というのは、必ずしも標準和名と1対1対応しているわけではない、ということです。
 たとえば、「ぐるくん」は1種の魚を示す言葉ではなく、「タカサゴ科魚類の総称」です。また、「いらぶちゃー」は「ブダイ科魚類の総称」といった具合です。さらに、同じ沖縄県の中でも、沖縄本島と宮古地方、八重山地方では、それぞれ呼び方の異なる魚もいて、なかなか複雑です。

■サンゴ礁を彩る多様なハタ科魚類

 このように、沖縄の沿岸で漁獲される食用魚は種類も呼び名もとても多様なのですが、その中でも「主役級」といえるのが「みーばい」たちです。「みーばい」は、ハタ科魚類の総称です。
 沖縄で食用に流通する「みーばい」の具体例を、地方名とともに下記の表にまとめてみました。

沖縄で漁獲されるハタ科魚類の例

  

 沖縄の海で漁獲される「みーばい」類の中でも、「あかじんみーばい」と呼ばれるスジアラ(Plectropomus leopardus)は特に美味で、ハマダイやシロクラベラとともに、沖縄における「3大高級魚」とされています。

■生息域変われば生態系全体に影響も?

 ここまで、沖縄でよく見られる食用魚、そして「みーばい」についてご紹介をしてきました。
 さて、今回のコラムの冒頭に掲げた魚の写真をご覧ください。鮮やかな赤い体と青い斑点が目を引きますね。「あかみーばい」などの地方名で呼ばれるユカタハタ(Cephalopholis miniata)。沖縄でよく見られる「みーばい」類の1種です。
 でも実は、この写真は沖縄の海ではなく、静岡県・伊豆半島の大瀬崎で、つい最近撮影したものです。
 大瀬崎の湾内の魚礁には、いま複数の個体がすみ着いています。このほか、同じく「みーばい」の仲間であるアザハタ(Cephalopholis sonnerati)も、複数年にわたる越冬が報告されています。
 こうした現象には、近年の海水温の上昇が影響していると考えられます。
 沖縄の島々でよく見られる「みーばい」たち。伊豆の海でも出会うことができるのはうれしいのですが、気になることもあります。
 それは、これらの大型のハタ科魚類は肉食性で、ほかの小魚などを襲って食べる高次の捕食者であるという点です。このため、将来さらに海水温が上昇し、「みーばい」たちが北の海域へと分布を北上させていくことになれば、もともと生息していたほかの魚種、そして、沿岸の生態系全体に何らかの影響が出てくるかもしれません。
 「みーばいの海」が今後、どんな広がりを見せるのか。注意深く観察を続けたいと思います。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。