山本智之の「海の生きもの便り」

2024年5月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第39話 光る海藻のナゾ、最新研究で分かったこと

鮮やかな青紫色に輝く海藻の一種「ウスバワツナギソウ」=山本智之撮影

鮮やかな青紫色に輝く海藻の一種「ウスバワツナギソウ」=山本智之撮影

■妖しく輝く海藻たち

 水中カメラを手に潜水し、海の生物の撮影をしていると、時々、ハッとするような鮮やかな色の海藻に出会います。たとえば、紅藻類の「ウスバワツナギソウ」(Champia expansa )もその一つ。光を浴びると、鮮やかな青紫色に輝きます。

 褐藻類の「シワヤハズ」(Dictyopteris undulata )は、水から出してしまえば地味な茶色の海藻です。しかし、海の中では、光を浴びて美しい青緑色に輝きます。

「シワヤハズ」は地味な茶色の海藻(写真左=神戸大学の川井浩史さん提供)だが、海中で光を浴びると鮮やかな青緑色に輝く(写真右=山本智之撮影)

「シワヤハズ」は地味な茶色の海藻(写真左=神戸大学の川井浩史さん提供)だが、海中で光を浴びると鮮やかな青緑色に輝く(写真右=山本智之撮影)

 これらの「光る海藻」たちは、発光生物であるホタルやツキヨタケのように自分で光を出しているわけではありません。でも、光が当たったときに浮き出る鮮やかな色彩は、とても神秘的です。この不思議な色は、「構造色(こうぞうしょく)」と呼ばれるものです。

■構造色とは何か

 太陽の光をプリズムに通すと、虹色の光の帯に分かれます。白く見えるストロボ光などにも、実際には波長の異なるさまざまな色の光が含まれています。そして、私たちの目にリンゴが赤く見えるのは、リンゴの皮が一部の波長の光を吸収し、赤色の光を反射するためです。赤いリンゴの皮には「アントシアニン」という色素が含まれています。

 一方、「構造色」は、色素ではなく、微細な構造によって発色します。生活に身近な例では、シャボン玉のほかCDやDVDの記録面の色などの例がよく挙げられます。自然界では、クジャクの羽根、昆虫のタマムシやモルフォチョウ、真珠、宝石のオパールなどが有名です。

シャボン玉やクジャクの羽根の色は、いずれも「構造色」=山本智之撮影

シャボン玉やクジャクの羽根の色は、いずれも「構造色」=山本智之撮影

■海藻にみられる構造色のタイプとは?

 神戸大学の川井浩史・特命教授(藻類学)によると、海藻の構造色には、主に二つのタイプがあります。

海藻にみられる「構造色」の主な二つのタイプ

 藻体の表面が多層構造になっていて、それぞれの層で反射した光どうしが干渉することで特定の色が強調されるものを「多層膜構造タイプ」といいます。一方、これとは全く別のしくみで光を放つのが「細胞内微小顆粒タイプ」です。細胞内の小さな袋の中に存在する多数の顆粒によって、光の屈折と干渉が起きて構造色が現れます。

■ダイバーに人気の「クジャクケヤリ」

 光る海藻の中でも近年、多くのダイバーの人気を集めているのが「クジャクケヤリ」(Sporochnus dotyi )です。大きなものは高さ30センチほど。光を浴びると緑色の神秘的な光を放つことから、和歌山県・串本の海に潜るダイバーたちの間で話題になりました。

「クジャクケヤリ」(Sporochnus dotyi )。水深10~30mに分布する=宇井晋介さん提供

「クジャクケヤリ」(Sporochnus dotyi )。水深10~30mに分布する=宇井晋介さん提供

 川井さんらの研究チームが調べたところ、これまでハワイの海だけに分布する固有種だと考えられていた海藻と、同一の種であることが分かりました。そして、その後の調査やダイバーによる情報などから、クジャクケヤリは串本など紀伊半島の海だけでなく、伊豆大島や八丈島、鹿児島県の馬毛島(まげしま)、高知県の鵜来島(うぐるしま)にも分布していることが明らかになりました。

クジャクケヤリの標本=神戸大学の川井浩史さん提供

クジャクケヤリの標本=神戸大学の川井浩史さん提供

 クジャクケヤリは褐藻類の1種で、藻体の色素による本来の色は地味な褐色です。ところが、海の中で見ると、光の当たる方向によって全く違う色に見えます。横から光を当てると薄い水色に、上の方向から光を当てると鮮やかな緑色や青色に輝きます。まさにクジャクの羽のような美しさです。

 クジャクケヤリが輝くメカニズムは、冒頭に紹介した「ウスバワツナギソウ」や「シワヤハズ」などの海藻と同様に「構造色」によるものであろうと川井さんらは考えました。ただ、どのようにして不思議な光を放つのか、その具体的な仕組みは不明のままでした。

■発光の秘密は「顆粒」にあり

 クジャクケヤリはどうやって光るのか――。川井さんは今回、新たな研究によってそのナゾに迫りました。

 クジャクケヤリの藻体のうち、鮮やかな光を放つのは「頂毛(ちょうもう)」と呼ばれる毛のような組織です。この頂毛の細胞を拡大して見ると、「小胞(しょうほう)」と呼ばれる球状の小さな袋がたくさん含まれているのが分かります。

【左】クジャクケヤリの「頂毛」と【右】その拡大=神戸大学の川井浩史さん提供

【左】クジャクケヤリの「頂毛」と【右】その拡大=神戸大学の川井浩史さん提供

 そして、細胞が傷んで小胞が壊れると、クジャクケヤリの美しい構造色も消えてしまうことが、顕微鏡による観察で確認されました。つまり、クジャクケヤリの体に含まれる小さな袋にこそ、構造色の秘密が詰まっていることが分かったのです。

 川井さんは北海道大学の本村泰三名誉教授と共同研究を行い、この小胞の構造を特殊な手法で詳しく調べました。海藻の細胞がもつ微細な構造が壊れてしまわないように、まず液体窒素で凍結してから切片を作り、電子顕微鏡で観察する「急速凍結法」という手法です。これにより、クジャクケヤリが生きている時と同じ状態で、細胞内の構造を調べることができました。

【左】クジャクケヤリの頂毛の光学顕微鏡写真(=神戸大学の川井浩史さん提供)、【右】小胞の電子顕微鏡写真(=北海道大学名誉教授の本村泰三さん提供)。小胞の中に同じ直径の顆粒がぎっしり詰まっていることが、クジャクケヤリの構造色を生み出す鍵となっていた

【左】クジャクケヤリの頂毛の光学顕微鏡写真(=神戸大学の川井浩史さん提供)、【右】小胞の電子顕微鏡写真(=北海道大学名誉教授の本村泰三さん提供)。小胞の中に同じ直径の顆粒がぎっしり詰まっていることが、クジャクケヤリの構造色を生み出す鍵となっていた

 その結果、クジャクケヤリの細胞内にある10~15マイクロメートルの「小胞」の中には、直径が0.15マイクロメートルほどの顆粒がぎっしりと詰まっていることが分かりました。クジャクケヤリの構造色のタイプは、「細胞内微小顆粒タイプ」であり、複数の顆粒によって光が反射し、その光が屈折・干渉することで美しい輝きを放っていたのです。

 川井さんらはこの研究成果を、今年4月に開かれた「第9回アジア太平洋藻類学フォーラム」で発表しました。

■宝石の「オパール」と同じ仕組みだった!

 今回の研究結果で興味深いのは、微細な顆粒によって構造色を生み出すクジャクケヤリの仕組みが、宝石の「オパール」にそっくりだという点です。

クジャクケヤリ【写真左】とオパール色に輝く「小胞」【写真右】=神戸大学の川井浩史さん提供

クジャクケヤリ【写真左】とオパール色に輝く「小胞」【写真右】=神戸大学の川井浩史さん提供

 実は、オパールも、二酸化ケイ素を成分とする球状の微粒子が、びっしりと詰まった構造になっています。この微粒子に光が当たることで、虹のような独特の輝きが生まれます。

 川井さんは、「クジャクケヤリとオパールは顆粒のサイズもほぼ同じ。生物と鉱物が同じメカニズムで構造色を生み出していることに、不思議さを感じます。クジャクケヤリはまさに、『生きたオパール』なのです」と話しています。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之氏

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。X(ツイッター)は@yamamoto92