2026年3月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第59話 ウミシダとは何者か?

オオコブウミシダ(Catoptometra magnifica)=山本智之撮影
■「植物」のような姿をした「動物」
植物のような姿をした「ウミシダ」。実はれっきとした動物で、ウニやヒトデと同じ「棘皮動物」に分類されます。世界の海に約560種、日本近海だけで140種以上が知られています。
ウミシダの分類や生態に詳しい東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の幸塚久典・技術専門職員は「日本の海は世界的に見ても、ウミシダの種類がとても豊富な海域といえる」と話します。温暖な海域ほど、生息するウミシダの多様性が高い傾向がみられます。
■海だけに生息、5000m超す深海底にも
ウミシダは淡水域にはみられず、海にだけ生息しています。沿岸の浅い海でダイビング中によく見かける生物ですが、ヒメウミシダ科の一種「Eometra weddelli」のように、5000mを超す深海底で記録された例もあります。

様々な色や形のウミシダたち。左上から時計回りに「ハナウミシダ」(Comaster nobilis)、「オオウミシダ」(Tropiometra afra macrodiscus)、「ニッポンウミシダ」(Anneissia japonica)、「オオコブウミシダ」(Catoptometra magnifica)、「クシウミシダ科の1種」(Comatulidae gen. sp.)、「ヒメウミシダ科の1種」(Antedonidae gen. sp.)、「イボアシウミシダ科の1種」(Colobometridae gen. sp.)、「トゲウミシダ科の1種」(Mariametridae gen. sp.)=いずれも静岡県伊豆半島で、山本智之撮影
■「棘皮動物門」のメンバー
ウミシダ類は、「棘皮動物門」に属します。棘皮動物門は「ウニ綱」「ナマコ綱」「ヒトデ綱」「ウミユリ綱」「クモヒトデ綱」の5綱で構成されます。

棘皮動物門の綱の数は、かつては「シャリンヒトデ綱」も加えて六つとされた時期もありました。しかし現在、シャリンヒトデ類は「ヒトデ綱」の中の1グループに分類されています。
■「生きた化石」と呼ばれるウミユリ
ウミシダは、「生きた化石」と呼ばれるウミユリ類の親戚です。分類上も棘皮動物門の「ウミユリ綱」に属しています。
「ウミユリ綱」は、棘皮動物のほかのグループ(ヒトデ綱、クモヒトデ綱、ウニ綱、ナマコ綱)よりも早い時期に地球上に出現し、最も祖先的とされています。

「生きた化石」と呼ばれるウミユリ類の一種「トリノアシ」(Metacrinus rotundus)=幸塚久典さん提供
■「オルドビス紀」に地球上に登場
「ウミユリ類」はその名の通り、植物のユリのような姿をしています。長い「柄」があり、枝分かれした腕が花のように見えます。「ウミユリ類」が登場したのは、今からおよそ4億8500万年前~4億8000万年前の古生代オルドビス紀前期とされています。一方、柄のない「ウミシダ類」が登場したのはそれより新しく、2億3000万年前~2億年前の中生代三畳紀後期と考えられています。
柄を持つ「ウミユリ類」の中から枝分かれして、柄の無い「ウミシダ類」が進化していったと考えられています。
■深海へ追いやられたウミユリ類
「ウミユリ類」は、「ウミシダ類」に比べて深い場所に多く生息しています。このうち、ウミユリ類の一種(Bathycrinus kirilli )は、9000m以上の超深海底からの記録があります。ウミユリ類は古生代に繁栄し、もともとは浅い海にも生息していましたが、ウミシダのように活発に移動することができないため、魚などの捕食者に追いやられる形で、深海へとすみかを移していったと考えられています。
■オスとメス、外見での区別は不可能
沖縄の海で発見された「セソコヒメウミシダ」(Dorometra sesokonis)という種は、オスとメスの性質を兼ね備えた「雌雄同体」であることが報告されています。ただ、これは例外的なケースで、ウミシダ類は基本的にオスとメスが別々に存在する「雌雄異体」の生き物です。
幸塚さんによると、ウミシダ類のオスとメスは全く同じ姿をしていて、外見で区別するのは不可能です。ウミシダ類の性を判別するには、生殖腺を調べるしか方法がないといいます。
■「柄」を切り捨てて成長
ウミシダ類は、ウミユリ類が持つ「柄」を捨てる方向に進化した生物とえいます。でも実は、成長の途中の段階までは、ウミユリ類のような柄をもつ種類が多く知られています。

ニッポンウミシダ(写真左)。「ペンタクリノイド期」にはウミユリのような柄がある(写真右)=いずれも幸塚久典さん提供
たとえば、伊豆の海などでよくみられる「ニッポンウミシダ」(Anneissia japonica)も、赤ちゃん時代の「ペンタクリノイド期」には、ウミユリのような柄があります。成長の過程で自切し、柄を捨てて稚ウミシダになるのです。
個体による差もありますが、受精してから稚ウミシダになるまでの期間は2ヶ月~数ヶ月。幼いうちは祖先のような姿をしているというのは、とても興味深い事実です。
■「五放射相称」の体
棘皮動物の特徴は、体の構造が「五放射相称」であることです。わかりやすいのがヒトデで、体の中心から5本の腕が伸びた星形の姿をしています。
一方、ウミシダ類は、腕の数が多いものでは100本以上もあり、「五放射相称」なのかどうか、一見してもよく分かりません。しかし、幸塚さんは「ウミシダも体の中心からは5本の腕が伸びている。5本腕の種もいるが、多くの種ではこれらの腕が分岐して10本や40本、あるいは、それ以上の数になっている」と指摘します。

ハナウミシダの腕。付け根の部分は5本=幸塚久典さん提供
ウミユリ類も、柄の部分の断面は五角形や星形になっていて、やはり体の構造は「五放射相称」であることが分かります。

ウミユリ類の一種「トリノアシ」の柄(茎板)の断面=幸塚久典さん提供
■鳥の羽根のような「腕」と「羽枝」
ウミシダ類の腕には、「羽枝(うし)」という器官が左右交互に規則正しく並んでいます。このため、全体として鳥の羽根のように見えます。
羽枝を拡大して観察すると、その表面には「ポディア」と呼ばれる小さな触手が櫛の歯状にびっしりと並んでいます。
ウミシダ類のエサは、海中を浮遊する珪藻類などの植物プランクトン、動物プランクトン、有機物の粒子です。触手を使ってこれらを粘液で絡め取ります。羽枝や腕には、それぞれ食溝(しょっこう)という溝があり、キャッチしたエサは、食溝にある繊毛の運動によって、リレー式に体の中心部にある口へと運ばれる仕組みです。

【左】ウミシダの体の構造(幸塚久典さん提供)【右】ウミシダの腕の拡大写真と部位の名称(山本智之作成)
■「巻枝」で体を支える
ウミシダ類を観察すると、体の下部に植物の根のような部分があります。これは「巻枝(まきえだ)」という器官で、岩やソフトコーラルにしがみついて体を支える役割があります。
深海にすむウミシダの場合、巻枝を海底の泥の中に差し込んで体を支える種も知られています。
■腕には2つのタイプの関節がある
ウミシダ類の体の中央には、「萼」(がく)と呼ばれる部分があります。「萼」の5カ所から腕が伸びています。腕は多数の「腕板」というパーツが連なってできています。
「腕板」どうしをつなぐ関節には、二つのタイプがあります。一つは、筋肉によって連結された「筋関節」です。ウミシダはこの筋肉を収縮させることで、腕を活発に動かすことができます。
もう一つのタイプの関節は、靱帯によって連結された「不動関節」です。ウミシダ類は外部から刺激を受けると腕を自切することがありますが、この自切は主に不動関節で起こります。
■海中を活発に泳ぐ種も
ウミシダの中には、海中を泳ぐものもいます。短時間ですが、長い腕を交互にしならせながら、まるでダンスするように優雅に泳ぐのです。
ふだんは植物のようにじっとしていることが多いウミシダですが、海の中を活発に泳ぐ姿を目の当たりにすると、その「動物らしさ」を強く感じます。

腕を交互に打ち振りながら海中を泳ぐイボアシウミシダ科の1種 (Colobometridae gen. sp.)=山本智之撮影
幸塚さんによると、これまでに遊泳行動が観察されているのは①「タコイボウミシダ科」②「ヒメウミシダ科」③「イボアシウミシダ科」④「ハネウミシダ科」⑤「トゲウミシダ科」⑥「イツウデウミシダ科」⑦「カツラウミシダ科」⑧「カセウミシダ科」の計8科。これらのウミシダたちは、進化の過程で遊泳能力を獲得することで、捕食者から効率よく逃げることが可能になったと考えられます。
■様々な生物がウミシダに集まる
ウミシダ類には甲殻類や貝類から魚まで、様々な種類の生物が集まります。

ウミシダに集まる生き物たち。左上から時計回りに「コマチコシオリエビ」、「ニシキフウライウオ」、「ウミシダヤドリエビ」、「オオウミシダトウマキクリムシ」=いずれも山本智之撮影
「ニシキフウライウオ」(Solenostomus paradoxus)は、ウミシダ類に寄り添っている姿をよく見かけます。これは、ウミシダに紛れ込むことで、天敵から見つかりにくくなるためと考えられます。
「コマチコシオリエビ」(Allogalathea elegans)や「ウミシダヤドリエビ」(Periclimenes commensalis)、などの小型の甲殻類は、ウミシダを裏返すとよく見つかる「常連」たちです。
美しい模様を持つ「オオウミシダトウマキクリムシ」(Annulobalcis yamamotoi)は、オオウミシダの体に寄生する巻貝の一種です。
■ウミシダの魅力とは?
ウミシダの研究を続ける幸塚さんは、もともと水族館の職員でした。石川県の「のとじま水族館」で飼育係として勤務していた20代のとき、水槽でウミシダを飼育するだけでなく、採集したウミシダの標本を研究者に送り、種類などを詳しく調べるようになりました。そうした研究者とのやりとりの中で、自身もウミシダ研究に関わるようになっていったといいます。
海で採集したウミシダの種を判別するには、顕微鏡を使った細かい作業が不可欠です。腕の「不動関節」の位置や羽枝の長さの比率などを調べることで、正確な種の同定ができるといいます。

幸塚久典さん=神奈川県三浦市の東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所で、山本智之撮影
ウミシダの魅力について「赤色や黄色など、色彩の美しさが特徴的。植物のような姿なのに、実は動物だというところにも惹かれます」と語る幸塚さん。「ウミシダの存在を一人でも多くの人に伝えて、その知名度を上げていきたい」と話しています。
■筆者プロフィール

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。水産庁の漁業調査船「開洋丸」に乗船し、南極海で潜水取材を実施。南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。2025年2月には、海上保安庁の巡視船「そうや」の海洋観測に同行した。朝日新聞科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。著書に『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)、『ふしぎ?なるほど!海の生き物図鑑』(海文堂)ほか。X(ツイッター)は@yamamoto92。