山本智之の「海の生きもの便り」

2022年7月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第17話 「巨大マンボウ伝説」の真実

マンボウ(Mola mola)=山本智之撮影

マンボウ(Mola mola)=山本智之撮影

■尾びれのない魚

 千葉県館山市の波左間海中公園を訪ねました。ここでは、ダイバーがマンボウと一緒に泳ぐことができます。地元の定置網にマンボウが入り込むと、一部の個体を直径50メートルの大型いけすに移して公開するのです。
 大きなひれをゆっくりと打ち振りながら泳ぐマンボウ――。その姿を間近で目にすると、心が癒やされます。
 マンボウはフグ目の魚です。「頭だけが泳いでいる」などと言われる独特の姿で、尾びれはありません。尾びれのように見える部分は、背びれと臀(しり)びれの一部が変形してできた「舵(かじ)びれ」です。

■マンボウ科の魚は世界に5種

 マンボウ科の魚は、世界で5種が知られています。このうちマンボウ属は、マンボウ(Mola mola)、ウシマンボウ(Mola alexandrini)、カクレマンボウ(Mola tecta)の3種です。
 カクレマンボウは南半球を中心に分布し、日本の海にはみられないマンボウ属の魚です。舵びれの中央部に1カ所だけへこみがあるなどの特徴があります。「マンボウ博士」として知られる澤井悦郎さんが2017年、オーストラリアの研究者とともに新種として論文に記載しました。マンボウ属の新種が見つかったのは、125年ぶりのことです。
 マンボウ科にはこのほかに、体が細長いクサビフグ(Ranzania laevis)と、舵びれの一部が槍のように突き出たヤリマンボウ(Masturus lanceolatus)がいます。

ヤリマンボウ=澤井悦郎さん提供

ヤリマンボウ=澤井悦郎さん提供

 マンボウの仲間は伊豆半島などでダイバーが遭遇することもありますが、近年は水族館でもよく見かけます。ただ、澤井さんによると、水族館で飼育されるマンボウ類はほぼ100%が「マンボウ」で、「ウシマンボウ」はみられません。
 ウシマンボウは、マンボウに比べて漁獲される頻度が少ないことが理由の一つ。また、日本近海に出現するウシマンボウは全長1.2メートル以上の大型個体ばかりで、搬送や飼育が難しいことも原因のようです。

■世界で最も重い硬骨魚類

 ウシマンボウは、かつては「ゴウシュウマンボウ」と呼ばれ、南半球にしか分布しないと考えられていたのですが、その後の調査・研究により、日本の海にも分布することが明らかになりました。成長すると頭部が盛り上がり、下あごも突き出た形になるのが特徴です。マンボウは舵びれの縁が波打っていますが、ウシマンボウは波打たないなどの違いもあります。
 また、出現水温にも違いがあり、マンボウが平均で17.7℃なのに対して、ウシマンボウは平均で19.9℃と高い傾向がみられます。

ウシマンボウ。この個体は全長2.72メートル、重さ2300キロ。ギネス世界記録に「世界一重い硬骨魚」として掲載された=鴨川シーワールド提供

ウシマンボウ。この個体は全長2.72メートル、重さ2300キロ。ギネス世界記録に「世界一重い硬骨魚」として掲載された=鴨川シーワールド提供

 ウシマンボウは、「世界一重い硬骨魚」として『ギネス世界記録』に掲載されています。千葉県鴨川市沖の定置網で1996年に漁獲された個体で、全長2.72メートル、重さは2300キロです。
 これとは別に、澤井さんが所属していた広島大学の調査では、2004年8月に宮城県で全長3.32メートルのウシマンボウが記録されています。この個体の重量は測定されていないので不明ですが、太平洋の大海原には現在のギネス記録をさらに上回る「巨大ウシマンボウ」が生息しているようです。

■「2トン超のマンボウ」は間違いだった!

 近年になって研究が進むまで、日本の海に生息するマンボウ属の魚は「マンボウ」の1種だけだと考えられていました。日本の海に生息するもう1種のマンボウ属として「ウシマンボウ」という和名が提唱されたのは、2010年のことです。
 つまり、それ以前の時代には、たとえウシマンボウが漁獲されても、みな「巨大なマンボウ」として記録されてしまい、両種のデータはごちゃごちゃになっていました。

ウシマンボウの剥製(写真左、北九州市立自然史・歴史博物館)とマンボウの剥製(写真右、海とくらしの史料館)=いずれも澤井悦郎さん提供

ウシマンボウの剥製(写真左、北九州市立自然史・歴史博物館)とマンボウの剥製(写真右、海とくらしの史料館)=いずれも澤井悦郎さん提供

 この混乱した状況にメスを入れるべく、澤井さんは膨大な資料を読み解き、2022年3月、科学誌「Journal of Fish Biology」に論文を発表しました。
 この研究では、これまで体重が2000キロ以上になるとされてきた4魚種(マンボウ、ウシマンボウ、ヤリマンボウ、オオチョウザメ)を対象に、科学的に信頼できる重量データがどのくらいあるのか再検討が行われました。その結果、実際に計測された最も重い個体は、マンボウでは1320キロ、ヤリマンボウでは409キロにすぎないことが判明しました。また、オオチョウザメについては、1000キロは超えると考えられるものの、2000キロ以上の記録は怪しいと判断されました。
 一方、ウシマンボウについては、実際に計量された2000キロ以上の個体が、ギネス世界記録に載った鴨川の個体のほかに2例(茨城県日立市沖の2030キロ、ニュージーランド北島沖の2200~2300キロ)が確認されました。
 つまり、「2トン超の巨大マンボウがいた」という過去の情報の数々は実は間違いであり、‘巨大マンボウ伝説’は崩れ去ったのです。これほど重くなるマンボウ類の正体は、いずれもウシマンボウだったと考えられます。

科学誌「Journal of Fish Biology」に発表された最新論文の概要=澤井悦郎さん提供

科学誌「Journal of Fish Biology」に発表された最新論文の概要=澤井悦郎さん提供

 澤井さんは、世界のニュースや論文を幅広く収集し、14年間をかけてこの論文をまとめ上げました。必要に応じて、スペイン語やアラビア語の論文も読み込んだといいます。
 今回の研究成果について、澤井さんは「巨大生物に関する情報は、よく調べてみると結構いい加減なものが多いことが改めて分かった。巨大な数値を出すことはニュースとしてのインパクトはあるが、ちゃんと測った数値なのか、推定値にすぎないのか曖昧な記録が多く、研究者の混乱を引き起こしている事例もみられた。今後は、推定値か実際に測ったものなのかを明記するようにメディアに働きかける必要がある」と振り返ります。

■いまだ謎に包まれた生態

 マンボウに関する有名な話に、「一度に3億個の卵を産んで、生き残るのは2匹」というものがあります。しかし、この‘トリビア’は実は科学的に正確なものではありません。実際に論文に報告されているのは「卵巣に3億個以上の未成熟の卵があった」という記述だけで、一度に3億個の卵を産むとは書かれていません。また、2匹が生き残るという根拠になるデータもありません。
 自然下でマンボウが産卵する様子は観察されたことがなく、それどころか、どこが産卵場所なのかさえも、よく分かっていないのです。水族館でよく見かけるマンボウですが、実はその生態の多くは、いまだに謎に包まれています。寿命のほか、どのくらいの年月で性成熟するのかも不明で、まだまだ研究の余地が大きな魚だと言えるでしょう。
 澤井さんは今後の抱負について、「日本人はマンボウとどう関わってきたのか。江戸時代以前にまでさかのぼって、その歴史を解明したい」と話しています。
 マンボウに関する新たな論文を次々と発表し続ける澤井さん。「マンボウなんでも博物館」というサイトでも情報を発信していますので、ぜひご覧ください。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。