2026年7月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第61話 歩く毒まんじゅう

スベスベマンジュウガニ=神奈川県・三浦半島、山本智之撮影
■甲羅がスベスベの美しいカニ
神奈川県・三浦半島の岩礁域で、「スベスベマンジュウガニ」(Atergatis floridus)を見つけました。和名の通り、甲羅はまんじゅうのように丸みを帯び、その表面はスベスベとした手触りです。
オウギガニ科のカニで、甲羅の幅は5cmほど。茶色い甲羅には白っぽい網目模様があり、アートを感じる美しいデザインです。この模様は、個体によってパターンが異なることが知られています。ハサミは、先の部分だけが黒色です。

スベスベマンジュウガニの腹側。ハサミは先の部分が黒い=山本智之撮影
■おとなしい性格
スベスベマンジュウガニは房総半島以南の浅い海に生息し、ハワイや南太平洋、インド洋、紅海などでもみられます。
カニの中には、たとえば「イワガニ」(Pachygrapsus crassipes)のように、うっかり手を出すとハサミで強く挟まれ、痛い思いをさせられる種類もいます。でも、スベスベマンジュウガニはおとなしい性格のカニです。じっとしていることが多く、捕まえて手のひらに乗せても、あまり動きません。

手のひらの上のスベスベマンジュウガニ。あまり動かず、おとなしい性格=山本智之撮影
■食べると危険な「毒ガニ」
スベスベマンジュウガニに出会った三浦半島の岩礁域では、体が赤みを帯びた「ショウジンガニ」(Guinusia dentipes)というカニの姿も見かけました。汁物にすると良いダシが出て美味なことで知られるカニです。静岡県・伊豆半島などの料理店では、ショウジンガニのみそ汁が提供されています。

【写真左】海中を歩くショウジンガニ、【写真右】ショウジンガニのみそ汁(静岡県下田市の料理店で)=いずれも山本智之撮影
その一方で、スベスベマンジュウガニは、食べると危険な「毒ガニ」として有名です。フグ毒の「テトロドトキシン」(TTX)や「麻痺性貝毒」(PSP)を体内に持つことが知られ、その個体にどんな毒が多く含まれるかは、生息する海域によって異なります。
本州産の個体はフグ毒を、沖縄県産の個体は麻痺性貝毒を多く含むと報告されています。いずれにしても、絶対に食べてはいけません。スベスベマンジュウガニは「歩く毒まんじゅう」なのです。
■悪名高い「ウモレオウギガニ」
琉球列島や小笠原諸島などでよくみられる「ウモレオウギガニ」(Zosimus aeneus)も、危険な毒ガニです。甲羅は幅が9cmほどになり、その表面には複雑な凹凸があります。スベスベマンジュウガニと同じ「オウギガニ科」のカニで、麻痺性貝毒やテトロドトキシンを体内に持つことが知られています。
ウモレオウギガニがもつ毒の中で、食中毒の主な原因となるのは「サキシトキシン」(STX)などの麻痺性貝毒です。毒の量が多い個体の場合、部位によってはわずか1gで3~5人分の致死量に達するとされています。昔から食中毒が繰り返されている、悪名高い毒ガニです。

猛毒で知られる「ウモレオウギガニ」=山本智之撮影
■家族5人のうち2人が亡くなった例も
ウモレオウギガニは、摂取量によっては人が亡くなる恐れもある危険な毒ガニです。その怖さを伝える記録としては、奄美大島で1928年にみそ汁にして食べた一家5人が中毒し、このうち2人が亡くなった事例がよく知られています。このときは、患者の嘔吐物を食べたニワトリ6羽と豚1頭も死んだと伝えられています。
沖縄県の石垣島では1987年に30歳代の夫婦が食べてしびれや麻痺を発症するなど、ウモレオウギガニによる中毒の事例は鹿児島県と沖縄県で複数の記録があります。中毒による死亡例は、フィジーなど海外でも報告されています。
■沖縄では近年も男性が「救急搬送」に
実は、ウモレオウギガニによる中毒は近年も繰り返されています。沖縄県衛生環境研究所の報告などによると、沖縄県の八重山保健所管内で2024年5月、観光客の男性がウモレオウギガニを自ら海で採取して食べ、中毒になりました。男性は舌や唇、手にしびれの症状が出て、救急車で病院に搬送されました。
■ゆっくりとした動作は「余裕」の表れ?
私が初めてウモレオウギガニを目にしたのは、小笠原諸島・母島の海辺です。人が近づいても逃げようとせず、その動作は驚くほどゆっくりでした。

ウモレオウギガニ。動作は緩慢で、逃げようとしない=小笠原諸島・母島で、山本智之撮影
敵を全く恐れない緩慢な動きには、どこか「余裕」さえ感じます。ウモレオウギガニは、自分が「恐ろしい猛毒ガニ」であることを、知っているのかもしれません。
新刊のご案内
■『ふしぎ?なるほど! 海の生き物図鑑2』 山本智之 著
2026年1月刊行(海文堂出版)。A5判オールカラー96ページ、2,420円(税込)
お申し込みは→ こちら
ダイバーであり科学ジャーナリストでもある著者のウェブ連載の書籍化第2弾。世界最大のタコ、最小のイカ、真珠をつくる貝、リュウグウノツカイとの遭遇、巨大マンボウ伝説、ホヤやカイメンの正体、変装するカニたち、ウミウシに擬態するゴカイなど、12のトピックを、研究者への取材にもとづいて、魅力的な写真と共にお届けします。
■筆者プロフィール

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。水産庁の漁業調査船「開洋丸」に乗船し、南極海で潜水取材を実施。南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。2025年2月には、海上保安庁の巡視船「そうや」の海洋観測に同行した。朝日新聞科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。著書に『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)、『ふしぎ?なるほど!海の生き物図鑑』(海文堂)ほか。X(ツイッター)は@yamamoto92。