山本智之の「海の生きもの便り」

2021年9月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第7話 新種のクモヒトデと甲殻類

新種として報告された「コンジキコモチクモヒトデ」=東京大学・幸塚久典さん撮影(出典:日本動物学会)

新種として報告された「コンジキコモチクモヒトデ」=東京大学・幸塚久典さん撮影(出典:日本動物学会)

■新種のクモヒトデ、神奈川県沖で発見

 鮮やかな黄色のクモヒトデが、神奈川県・三浦半島沖で発見されました。東京大学の岡西政典・特任助教らが今年4月、日本動物学会の国際誌「Zoological Science」に新種として報告しました。
 現場は、三浦半島・城ヶ島西沖の相模湾。調査船を使った底曳網調査で、90~140 mの水深帯から見つかりました。体長は約1センチ。明るい黄色に輝いて見えたことから「コンジキコモチクモヒトデ」と名付けられました。学名は「Ophiodelos okayoshitakai」。このうち、種小名の「okayoshitakai」は、東京大学附属臨海実験所前所長の岡良隆元教授にちなんでいます。

三浦半島沖の相模湾で底曳網調査をする研究者たち=東京大学・川端美千代さん撮影

三浦半島沖の相模湾で底曳網調査をする研究者たち=東京大学・川端美千代さん撮影

 クモヒトデは世界で約2100種、日本では約340種が知られています。ただ、Ophiodelos属(コンジキクモヒトデ属)は、世界でこれまでにインドネシアの水深300メートルで発見された「Ophiodelos insignis」の1例しか報告がありませんでした。そんな珍しいグループの新種が見つかったのです。
 クモヒトデは、ヒトデとは‘似て非なる生物’です。両者は生物分類上、「科」や「目」よりも上の「綱」のレベルで分けられています。
 どちらも体をひっくり返すと中央に口がありますが、ヒトデ類は口から腕の先端まで「歩帯溝」(ほたいこう)という溝が走っています。これに対して、クモヒトデ類にはこうした溝はありません。
 磯遊びをしていて海底の石を裏返すと、ニホンクモヒトデ(Ophioplocus japonicus)などのクモヒトデ類をよく見かけます。細長い腕を、まるでヘビのようにくねらせるので、「気持ち悪い」と感じる人もいるようです。でも、クモヒトデ類は人に害を与えることのない、平和な生き物です。
 実は相模湾は、1910年代からクモヒトデの調査・研究が行われてきた場所です。にもかかわらず、今回新たな種が見つかったことについて、「まだまだ研究が足りないんだな、というのが率直な感想です」と岡西さん。クモヒトデは謎の多い生き物で、まだほとんどの種について、繁殖のしかたや寿命などが分かっていないといいます。

「コンジキコモチクモヒトデ」と、その体から放出された子どもたち=東京大学・幸塚久典さん撮影(出典:日本動物学会)

「コンジキコモチクモヒトデ」と、その体から放出された子どもたち=東京大学・幸塚久典さん撮影(出典:日本動物学会)

 今回見つかった新種のクモヒトデを、海水と一緒にシャーレに入れておいたところ、直径1ミリほどの子どもが体内から放出されました。子どもたちは、親の口の付近に10カ所ある「生殖孔」から出てきたとみられます。
 このように、幼体を放出するクモヒトデ類は、「コモチクモヒトデ」(Stegophiura vivipara)や「イソコモチクモヒトデ」(Amphipholis squamata)などが知られています。
 クモヒトデ類の多くは海中に放卵・放精して子孫を残し、幼体を放出する種は比較的少ないとみられています。今回、生きたまま採集したからこそ判明した、繁殖生態でした。
 幼体を放出する繁殖方法について、岡西さんは「個体数の少ない種の場合、海中に放卵・放精するよりも、自分の体の中で子どもを育てるほうが、子孫を残す上で有利なのかもしれない」と話します。
 地球上の生物のうち、これまでに名前がつけられたものは180万種以上。動物だけで約130万種にのぼります。しかし、まだ名前の付いていない生物が「少なく見積もっても800万種はいる」との報告もあり、今後も続々と新種が登場する見通しです。研究者たちの新たな発見に、期待したいと思います。

■東京湾からは新種の甲殻類

ヨツスジテングモエビ=千葉県立中央博物館の駒井智幸さん提供

ヨツスジテングクモエビ=千葉県立中央博物館の駒井智幸さん提供

 千葉県沖の東京湾では、新種の甲殻類が見つかりました。クモエビ科の一種です。甲羅に茶色い縞が4本あり、天狗の鼻のように長い額角(がっかく)を持つことから、「ヨツスジテングクモエビ」と名付けられました。
 クモエビ科は、十脚目の中でもヤドカリの仲間である「異尾下目(いびかもく)」に属します。かつては、体形がよく似たコシオリエビ類に近縁だとされていましたが、DNA解析に基づく分類研究が進み、現在はコシオリエビ類とは別系統のグループだと考えられています。
 今回の新種を報告したのは、千葉県立中央博物館の駒井智幸・動物学研究科長です。動物分類学の専門誌「Zootaxa」に今年5月、論文が掲載されました。
 学名は「Uroptychodes fuscilineatus」。テングクモエビ属としては、世界で14種目になります。
 ヨツスジテングクモエビが見つかったのは、千葉県南房総市太房岬沖の水深250メートル。漁船が沈めた「かご」の中に入っていました。サバの頭などのエサをかごに入れて海底に沈め、アカザエビを漁獲する「えびかご漁」。その‘混獲物’として得られたのが、写真の個体です。
 甲羅は、縦の長さが12.5ミリ。体は全体的に、うっすらとしたピンク色です。ハサミ脚は、右側に比べて左側が小さいですが、これは他の生物に襲われるなど何らかの原因で欠損し、再生の途中にあるためです。今のところ世界に存在する標本は、この1個体のみ。メスで、約30個の卵を抱えていました。
 ヨツスジテングクモエビが捕獲された現場は、東京湾の中でも「外湾」と呼ばれる場所です。大都市に近い海域ですが、駒井さんは「まだまだ未知の生き物がいることは間違いない」といいます。 
 ‘新種が発見される現場’というと、アマゾンのような密林や、人里から遠く離れた秘境のような場所を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、神奈川県沖の「コンジキコモチクモヒトデ」や千葉県沖の「ヨツスジテングクモエビ」の例が示すように、首都圏の人口密集地からそう遠くない海域で、いまも新種の生物の発見が相次いでいるのです。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。
環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。
1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。
2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。
朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。
最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。