2022年4月 Writer: Tomoyuki Yamamoto
第14話 太陽を食べる貝
■世界最大の二枚貝
暖かいサンゴ礁の海でダイビングをしていると、シャコガイ類を見かけます。貝殻のふちが、波打つようにカーブしているのが特徴です。アサリやハマグリと同じ「マルスダレガイ目」の二枚貝ですが、種類によってはかなりの大きさに育ちます。その中でも特に巨大になるのが、「世界最大の二枚貝」として知られるオオシャコ(Tridacna gigas)です。
オオシャコはインド洋東部から西太平洋の熱帯域にかけて分布し、潮間帯下部~水深20mに生息します。私はオーストラリアのグレートバリアリーフで生きたオオシャコを初めて見ましたが、その存在感に圧倒されました。砂地の海底にたたずむ姿は、1個の貝というより、ほとんど‘岩’のようです。
ダイバーと比較した写真を見ていただくと、その大きさがよく分かると思います。
■巨体の力士を上回る体重
『ギネス世界記録』によると、沖縄県・石垣島沖で1956年に採取された個体は、貝殻の幅(殻長)が115cmもあり、重さはなんと333キロ。巨体で知られた大相撲の元大関・小錦の現役時代の最高体重は280キロ台ですから、それをさらに上回る「超重量級」の貝です。
オオシャコは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで危急種(VU)に指定されています。それ以外のシャコガイ類も乱獲で世界的に数が減り、ワシントン条約による規制の対象になっています。
1983年にまずオオシャコが、1985年からは「シャコガイ科の全種」が、国際取引の際に輸出国政府の許可書が必要な「附属書Ⅱ」に掲載されました。ただ、国内での取引は自由で、ネット通販では最近、殻長70cm余りのオオシャコの貝殻が30万円ほどで売られているのを見かけました。
■「褐虫藻」を刺身で食べる
シャコガイ類の暮らしぶりは独特で、体の中に「褐虫藻(かっちゅうそう)」という単細胞の藻類を大量に共生させています。褐虫藻の大きさは、0.01mmほどです。
褐虫藻は太陽の光を浴びて光合成をし、栄養を作り出します。シャコガイ類はその栄養分をもらって生きているため、「太陽を食べる貝」と呼ばれます。貝殻を半開きにして、「外套膜(がいとうまく)」を露出させている姿をよく見かけますが、これは、海中に差し込む太陽光が褐虫藻によく当たるようにするための習性です。
シャコガイ類は、ほかの二枚貝と同様に海水中のプランクトンを食べることもできますが、栄養の大部分は褐虫藻から得ているのです。
沖縄の海には、貝殻の表面にヒレのような突起があるヒレシャコ(Tridacna squamosa)、貝殻に赤紫色の模様があるシャゴウ(Hippopus hippopus)など、6種のシャコガイ類が生息しています。このうち、刺身などでよく食べられているのは、シャコガイ類としては小型のヒメシャコ(Tridacna crocea)です。殻長は10cm、最大でも15cmほどです。
私は沖縄に行くたびに、居酒屋などでヒメシャコの刺身を何度も食べています。コリコリとした食感で、独特の香りがあり、とても美味な貝です。ただ、ヒメシャコもシャコガイ類の一員ですから、その体内には褐虫藻がびっしりとすみ着いています。つまり私は、知らないうちに「褐虫藻の刺身」も一緒に食べていたわけです。
■シャコガイにすむ褐虫藻から薬ができる?
褐虫藻には「ペリジニン」という色素が含まれています。ペリジニンはカロテノイド化合物の一種で、褐虫藻の光合成を補助する働きがあります。
高知大学の小野寺健一助教(天然物化学)らは、ヒメシャコに共生する褐虫藻からペリジニンを抽出し、マウスに投与する動物実験を行いました。その結果、ペリジニンには意外な効能があることが明らかになりました。
この物質には、アレルギー性の皮膚炎を抑える優れた効果があることが判明したのです。ペリジニンのアレルギー抑制効果について、高知大学は2017年に特許を取得しています。将来の創薬へと発展する可能性がある、貴重な研究成果です。
ペリジニンがアレルギーによる炎症を抑える効果については、既存のステロイド薬と同程度であることが実験で確認されました。小野寺さんは「ステロイド薬に比べて副作用が少ない新たなアレルギー治療薬の開発につながるかもしれない」と話します。
小野寺さんはいま、ヒメシャコから取り出した褐虫藻を大量に培養する研究を進めています。この研究で注目しているのは、高知県・室戸の海でくみ上げられている「海洋深層水」です。
海洋深層水は、表層の海水に比べて水質が安定しているうえ、褐虫藻が育つのに必要な窒素などの「無機栄養塩」を豊富に含んでいるのが特徴です。1000リットルの大型円形水槽に海洋深層水を入れ、褐虫藻の培養に取り組んでいます。
小野寺さんは「研究の成果を世の中に還元し、藻類と人間との新たな‘共生関係’を築くことを目指したい」と話しています。
■筆者プロフィール
山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。