山本智之の「海の生きもの便り」

2023年4月 Writer: Tomoyuki Yamamoto

第26話 クダクラゲ ~ 世界で一番長い動物

海面下を漂うアイオイクラゲ=静岡県・伊豆半島で、山本智之撮影

海面下を漂うアイオイクラゲ=静岡県・伊豆半島で、山本智之撮影

■ヘビのように細長いクラゲ

 静岡県・伊豆半島で潜水中に、ヘビのように細長いクラゲに出会いました。ゆっくりと身をくねらせながら、潮の流れに乗ってこちらへ近づいて来ます。アイオイクラゲ(Rosacea cymbiformis)です。
 アイオイクラゲは「クダクラゲ類」の一種。ひとつの個体のように見えますが、実はたくさんの「個虫」が集まった「群体」です。それぞれの個虫は、「泳ぐ」「エサを捕る」「生殖を行う」など、いずれも特化した役割を持っています。
 アイオイクラゲの先頭部にある二つの透明な袋のようなものは、拍動して海水を噴射し、推進力を発生させる役割を担っていて、「泳鐘(えいしょう)」と呼ばれています。

■たくさんの「個虫」が役割分担

 下の写真もクダクラゲ類の一種で、ヨウラククラゲ(Agalma okeni)といいます。
 和名の「ヨウラク」は漢字では「瓔珞(ようらく)」。これは、仏像の首飾りなどの装身具、または、仏壇のきらびやかな飾りを指す言葉です。たくさんの個虫が整然と連なる様子を、うまく言い表したネーミングだと思います。

クダクラゲ類の一種「ヨウラククラゲ」=山本智之撮影

クダクラゲ類の一種「ヨウラククラゲ」=山本智之撮影

 写真の群体の左半分(完全に透き通っている部分)は、海水を前から後ろへ噴射して推進力を生み出す「泳鐘部」。そして、右半分は「栄養部」で、帯のように細くたなびいているのが「触手」です。触手でとらえたエサを、栄養部で消化します。複数のメンバーが力を合わせ、部局ごとに役割分担をしているわけで、なんだか会社組織のようですね。
 次の写真は、浜辺に打ち上げられたヨウラククラゲです。せっかくなので、拾って手触りを確かめてみました。

海岸に打ち上げられていたヨウラククラゲ=山本智之撮影

海岸に打ち上げられていたヨウラククラゲ=山本智之撮影

 しっかりとした固さのある寒天質のパーツが集まり、棒状の群体を構成しています。しかし、指で強く押したら、その構造はガサガサっと崩れてしまいました。ヨウラククラゲの体は、意外にもろいことが分かりました。

■巨大クダクラゲ、オーストラリアで発見

 ところで、クダクラゲ類の中には、けた外れな長さに成長する種類がいることをご存じでしょうか。米カリフォルニア州のモントレー湾で発見されたマヨイアイオイクラゲ(Praya dubia)の場合、群体の長さは40メートルを超すサイズだったそうです。
 「世界最大の動物」として有名なシロナガスクジラ(Balaenoptera musculus)は、最大個体の体長が約33メートルです。このため、マヨイアイオイクラゲは「シロナガスクジラを上回る世界で最も長い動物」だと長年考えられてきました。
 ところが・・・上には上がいました。オーストラリア西部沖で、マヨイアイオイクラゲよりもはるかに長いクダクラゲ類が、無人潜水機によって撮影されたのです。

オーストラリア沖で発見された巨大クダクラゲ=YouTubeの動画から

オーストラリア沖で発見された巨大クダクラゲ=YouTubeの動画から

 この巨大クダクラゲは、深海で「蚊取り線香」のようにとぐろを巻いていました。2020年に動画が公開され、ニューズウィークなどのメディアでも紹介されました。外周だけで47メートルあり、全長は推定で120メートル。マヨイアイオイクラゲの約3倍、シロナガスクジラの約4倍という、圧倒的な長さです。
 こんなに巨大な生物がいるのに、人類はこれまで、その存在に全く気づいていませんでした。海の中は、まだまだ多くのナゾに満ちている――。つくづくそう思います。

■筆者プロフィール

科学ジャーナリストの山本智之さん

山本智之(やまもと・ともゆき)
1966年生まれ。科学ジャーナリスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞東京本社科学医療部記者、同大阪本社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。最新刊は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。ツイッターも発信中。